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私はどこにいるのか~『i』を読んで感じたこと~

by みかん

私は誰か

私はこの世界のどこに存在するのか。

このことをずっと追い求めている主人公の彼女に、心を打たれた。

言葉を発する時、多くの場合目の前には人がいる。

家族

友達

恋人

先生

観客

様々な人を前にして、自分が思っている「本当」を話すことができる人は、どのくらいいるだろうか

自分で考えたことだと思って言っていたことが、実は誰かの言葉だったり、インターネットやsnsで目にした言葉だったりすることはないだろうか。

確かに自分で考えた言葉よりも、誰かの言葉を借りて発言した方がはるかに楽だ。

現に私も誰かの言葉や考え方を真似て言葉にすることはある。

しかしそれでは本当の自分が何かわからなくなる。

私は何を思っているのか

私はどういう価値観なのか

私は何が好きで何が嫌いなのか

私は何を大切にしたいのか

お利口さんの答えじゃない

両親の教えでもない

友達と同じ考え方でもない

私の、

私だけの、

正解や価値観が重要だ、と私は思う。

そこから自分がどういう人生を歩んで行きたいのか考えられるようになると思うから。

その答えにたどり着くのは簡単なことではない。

今までの固定観念を外し、自分だけに問いかけ、誰も答えを用意してくれない中で自分だけの答えを探すことは苦しい作業だ。

誰も答えを教えられない

誰も100%共感できない

誰かに正解を求め、その通りに歩んだ方が楽かもしれない。

でも、自分という人間が何かわからないままでいいのか。

いいのかもしれない。が、私はわからないままでいいとは思わない。

でもなぜそう思っているのかはわからない。

もしかしたら、自分が何者かわかった時に、理由が見つかるのだろうか。

『i』を読んでこのことを一番強く思った。

私は誰であるのかを、主人公は苦しんで苦しんで苦しみながらも、決して投げ出さずにいた。

もしかしたら彼女にとっては考え続けることがくせになっていたのかもしれない。

それでも、投げ出さないという行為はとても勇気のいることだと私は思う。

最近私は自分が何でありたいかをよく考えるようになった。

就活の時期に突入し、自分が何者であるかを問われる。

しかし、自分が何者であるかなんて、就活の数ヶ月で理解できるものではない。

自分を見つけ出そうとする作業は孤独で、苦しいものだ。

何度涙したことか。

それでも諦めないのは、それがものすごく重要で、人生の道標になると信じているからだ。

幸い私には私のことを理解してくれるパートナーがいる。

私のことに100%共感できなくても、100%愛してくれる人がいる。

苦しくなったらこの人を頼ろう

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